2013年02月21日

「もう少し反省の機会を与えてほしかった」

 私事ながら、昨日の夜、本当に気持ちのよい夜、気持ちのよい時間、気持ちのよい人との時間、そこにいる人たちの全てが繋がるを過ごさせていただいた私がいました。
 前の私であれば馬鹿のように嬉しい時間であるはずなのに、この世の現実からの逃避のようなことを諌められている様な感じがする出来事が起きていました。

 前の私であれば、馬鹿のように嬉しい時間として消化していたのに、それを消化できない私がいました。

 その事に対していろいろと考えていた私にテレビからは、 中国からの偏西風といわれる風に乗っての中国からの有害物質が飛んできて、それによりくしゃみが止まらず、それを防ぐためのマスクがとてつもなく売れていて、生産が追いつかないとの中国への非難めいたニュースが入ってきます。
 
 私の個人的な意見で言えば、中国の人を非難する事は何も解決せず、その人たちを理解して付き合うのが当然だと思う事で、有害である事を知らない日本人が騒ぐのは日本人らしくない出来事だと思いました。

 そんな中、インターネットの読売新聞のニュースから

 遺族は「もう少し反省の機会を与えてほしかった」

 そんな文字が飛び込んできました。

 何とのことやらと思ってみれば、今日死刑執行された三人を伝えるインターネットのニュースからでした。

 そしてそれに大きく違和感を感じました。

 「もう少し反省の機会を与えてほしかった」

 遺族がそう言ったと伝えるのです。


 私は今この世を見ていると、人の命の重みが軽くなったような気がしています。


 「生きるのは面白くない」

 「早く死刑判決を受けて死にたい」

 そう言ったのは、小林薫死刑囚。

 平成16(2004)年11月17日に、下校途中の小学校一年生にいたずらをしようとして「車で送ってあげる」などと言葉巧みに誘拐し、自宅でその子の頭を水が張った浴槽に押さえつけ殺害、殺害後に歯を抜くなど残忍な手口で証拠隠滅を図り、その子が首からぶら下げていた携帯電話で遺体を撮影した画像を、母親に送りつけるなど異常な行動をとった新聞配達員です。

 その子の遺体が発見されたのは普通の道路の側溝。

 テレビの映像で見たのですが、そのその映像に言葉を失いました。

 殺した犯人が逮捕された報道、逮捕され、殺害後、スーパーで買った野菜を勤務先の新聞販売店で同僚に配ったり、行きつけのスナックに顔を出したりした事実があった事に驚きました。

 小林死刑囚は平成3(1991)年7月、大阪市内で女児にいたずらして、強制わいせつ罪で起訴されたのをはじめ前科があることには、事件を犯す人と感じました。
 
 行きつけのスナックで店の従業員や客に、携帯電話にデータファイルされていた子供の性的暴力画像を見せて一人悦に入っていた事実にも人でなしの言葉が浮かびました。

 そんな小林死刑囚の生い立ちは3人兄弟の長男として育ち、小学校4年生の時に母が三男の出産で死亡。この時の悲しさに、「5時間以上も泣いた」と小学校の文集にあり、母が死ぬ変わりに生まれた三男は重度の障害者で、三男に付きっ切りの祖母に構われることは無く、経済的に恵まれていたわけで無く、その孤独感を思いながら経済的な理由から小学校の頃から新聞配置のアルバイトをしたそうです。

 中学校を卒業と同時に就職。新聞販売店を転々。大阪の新聞販売店では、20万円の金を持ち逃げしたり同僚とトラブルを起こしたり評判はすこぶる悪かったそうですが、私も小学校から新聞配達をしていた事もあり、不思議な気持ちを抱いていました。


 「生きるのは面白くない」

 「全国から注目されて自分の名が残ることに満足している」

 「早く死刑判決を受けて死にたい」

 奈良地裁での裁判には小林死刑囚の言葉に対して、奇妙など共感を覚えます。

 そして自分が殺した小学校一年生の女の子への両親への謝罪の手紙を送り、その手紙の中の言葉に

 「霊界というものが存在し、お嬢さんに会えたら、心から謝りたい」

 そんな言葉があった事にも奇妙な共感を覚えます

 この世の歪みを感じました。

 以前も、死刑執行には、死刑執行に対する期日に対する法律があるのに、その決定を先延ばしにする法務大臣の法律違反を書いてことがありました。

 法律違反する法務大臣を批判しました。

 平成18(2006)年の奈良地裁死刑判決に対し、

 「生きるのは面白くない」

 「早く死刑判決を受けて死にたい」

 そんな言葉を言った小林薫死刑囚。

 その死刑執行が行われた事に対する報道に、

 「生」への執着を見せた。

 とあります。

images.jpg

 それは平成19(2007)年に「控訴取り下げは無効」と控訴審の期日指定を求めて大阪高裁に申し立て平成20(2008)年08年12月には再審請求もしたことに対する報道です。

 そして今年死刑執行です。

 平成18(2006)年死刑と言われ、執行されたのが平成25(2013)年。

 平成18年から平成25年の間、毎日毎日、明日がこの世の最後の朝になるかもしれないと思いながら眠り、死刑執行の日を迎えました。

 その死刑執行された死刑囚に対する遺族の言葉として、

 「もう少し反省の機会を与えてほしかった」

 その遺族の言葉の真意を報道から窺い知る事は私には出来ませんが、「もう少し反省の機会を与えてほしかった」との言葉を素直に取れば、死の恐怖を毎日七年過ごした死刑囚に対して、七年以上の死の恐怖を味あわせたかったとも取れる言葉のように感じ、長々と書いてしまいました。

 死を持って自分の犯した罪を償うのなら、償うまでの時間を短くさせてやるのが人の情けと思う私です。

 私の考え方が今のこの世で普通だとは思っていませんが、私の頭に、

 世の情け、

 人の情け、

 昔日本にあったそんな言葉が失われた今の日本国があるようで、、、

 有難うございます。

 ひふみ

                   五十鈴屋こと井上龍夫



posted by 五十鈴屋こと井上龍夫 at 22:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
気持ち悪いよ君
Posted by き at 2016年09月21日 20:28
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